長く旅を続けていると衣類の問題がある 当時長旅だったが荷物は少なくしたかった
何回か前にバイクの写真にバックを載せている物があるがあの大きさで約2週間を過ごしている
足りないものは買えば良いのだがどうも旅先で調達ってしないものだ 唯一この旅では
京都近辺で寒いのを予想できてトレーナーを買っている、これが結構活躍した。
1987/6/20 12日目
旅館を出発すると昨日と打って変わって良い天気になった でも風は冷たかった。
前記のトレーナーを着込んで走る。
一路佐多岬を目指した 道についてはやはりもう記憶が無い日記にも佐多岬に着いた事
しか書いていないので問題も無く気持ちよく走ったのだろう。
古いバイクだが毎日乗っていると調子が良い前にも書いたが朝は一発でエンジンが掛かると
本当に気持ちが良かった。
佐多岬に着いて岸壁の歩道を歩いて行った、ここは岬は遊歩道を歩かないと岬には着かない
行ってみたが誰も居ない写真を取ってもらう人にも会えなかったので表札のみの写真だ。
ここから宮崎の青島を目指した、途中バイクの青年に会い一緒に一緒に分かれるところまで
走った かれは私とは反対方向で九州をまわっていたようだった。
宮崎に入り日南海岸の上の道路を走ったが断崖絶壁でそのまま海に飛んでしまいそうな
道だった 何処からか日産の旧型フェアレディー(オープンカー)が後ろについて走り去っていった
年代が似通っているので(車のほうが古いかな?)なんだかタイムスリップしたような錯覚を
覚えた思い出がある。
青島ユース(今は閉館している。)に着いてバイクを止めて荷物を部屋に置き散歩をした。
たしかこのユースの敷地にアメダスがあったような事を覚えている。
車が少ない道を一定速度でバイクを走らせ景色を見ると本当にバイクで着て良かった
と思った。
続く
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